そうだ 京都、行こう

先日ネットニュースで、JR東海CM「そうだ 京都、行こう」のナレーションを担当された俳優が、今回のCMをもって25年のナレーション歴に幕、と書かれていました。

 

今から25年前からスタートとのことで、1993年からの長いCMでした。心地よいナレーションと音楽にのせて、京都の素晴らしい風景が流れるCMは、ここ仙台では見ることが出来ませんが、とても良いCMでした。

 

スタートした頃、このCMを見た印象として、一ひねりしたよく考えられたコピーだな、と感じていました。普通に言葉を発すると、このようには話さず、「そうだ、京都に行こう」となるのですが、京都、(句読点)を打たれた瞬間、少し 間 を感じ、体の中に「京都」がふっと入り込む感じがします。

 

特に表記では縦書きに3行でしたので、中心に鎮座している「京都、」は、益々その印象を深く感じました。

 

かくいう私も、京都があって今の道が開けました。1993年のキャンペーンが始まる前、1987年だったと思いますが、高校の修学旅行が奈良・京都という定番ルートの旅行でした。

 

秋の京都は今と同じく修学旅行生で溢れていました。京都の奥に嵯峨野という地区があり、ここはグループでの移動だったと思います。

 

今ではガイドブックにも載っていますが、当時は本当にひっそりとした、あるお寺に出会いました。駆け足で廻る嵯峨野の社寺の中で、何となく引き寄せられたお寺が、「祇王寺」という小さな平家の尼寺でした。

 

それから2年後、浪人時代の夏、再び一人で、その寺を目差して京都を訪れました。確か夏の暑い日だったと記憶していますが、境内に入った瞬間、竹や楓からの葉擦れの音が、耳の遠くで聞こえるだけ、境内を歩く人の気配が感じられなくなる、奇跡的な瞬間がやってきました。

 

当日は汗ばむような陽気でしたが、この瞬間は暑さはまったく感じられず、2年前に見た紅色のシーンから一転、深い緑に覆われた祇王寺、目の前に広がる空間に無意識にパワーを感じていました。その理由は30年経った今でも分かりません。

 

ここで、様々な選択があったと思います。ある人は仏の道に。ある人は造園に道に。私は様々な要素が関わりあう、この「空間」という魅力にひかれ、その後建築という分野に志望コースが変わりました。

 

その後、また訪れてがっかりすると、あの時の自分の判断を全否定するような気がしていました。意を決してようやく訪れたのが13年後。20歳で感動し、次が33歳ですので、随分と時間が経ちましたが、目の前に現れた祇王寺は、当時と変わらず、不思議とエネルギーのある空間でした。内心ほっとしたのを覚えています。

 

この写真群は2013年の5月。新緑の京都、祇王寺の境内です。

建物が主役ではなく、四季の風景にスッとなじむように、何気なく鎮座しているかのような平家の尼寺です。

 

2018年10月10日

 

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