軍艦島の風化~新聞記事から

2020年8月30日の新聞記事に、長崎にある軍艦島の建物が崩壊が進んでいる、との記載がありました。上空からの写真ですので、崩壊の様子がよく分かります。向かって右側の面が南、左が西面です。真ん中はあかり取りのための吹き抜けです。

 

記事によると、3月下旬の強風で南面の一部が崩れ、6月中旬の大雨で、崩壊がさらに進んだ、とのこと。個人的には今年の3月中旬に、この建物を見に行きましたので、今から考えると崩壊の寸前だったのかもしれません。

 

 

右側が上空写真で撮られていた建物、30号棟です。正面が南側。写真からみても、崩壊が確認された場所は、南面や西面とも辛うじて残っています。

 

ここは長崎の沖合に浮かぶ軍艦島。炭鉱で栄えた島です。外周は船で回れる小さな島ですが、最盛期には5万人が住んでいた大都市。しかし閉山後の50年前には住民が全て居なくなったという稀有な街です。

 

近代の遺跡ともいえるこの街を、いまこうして目の前で見ることが出来る奇跡。その中でこの30号棟は、日本で最初に造られた鉄筋コンクリートの高層アパート。築100年以上の歴史があります。

 

当時の技術ではコンクリートにも配合にムラがあったでしょうし、鉄筋も一部にワイヤーを使ったりと、随所に工夫をこらしながら造られた貴重な建物。そして洋上にあることで、潮風によりいっそう風化が早く、コンクリート建物がどのように劣化、崩壊していくかを知る貴重な資料でもあります。

 

一般的には周りに危険を及ぼさないために、建物や構造物は維持管理していくのが大切ですが、30号棟にはもはや危険で内部立ち入り禁止で、島の上陸もツアーのみの観光として訪れるだけですので、今後も時間とともに崩壊していく様子を目にすることが出来そうです。

 

ここで暮らしていた経験のある元住民にとっては、暮らしていた証がなくなる寂しさもあることでしょう。しかし人がつくったものが使い終わり、あるいは壊れ、自ら解体し整理・更地にすることはあっても、手つかずで時間をかけて自然に帰っていく様子はなかなか目にすることができません。

 

全ての事象は自然につつまれ、やがて自然に帰っていく、という概念を、この建物から学び続ける意義。30号棟には途方になく大きな役割があります。これからますます注目の30号棟です。

 

20200901