SLブームの頃~2枚の写真から

住文舎のスタッフが、写真を片付けていた際、出てきた2枚の写真を見せて頂きました。伺うと、1973年(昭和48年)夏に家族で北海道に旅行した際、札幌~函館の間での車窓からの写真のようです。

 

SLが日本の本線の定期運用から外れるのが1975年の12月ですので、この写真の2年後には北海道からも姿を消しました。

 

1970年代は、無鉛化に向かう日本各地を、SLファンが追っかけてブームが起きました。特に北海道と九州には本州から送られたSLが集まっていたこともあり、多分車内にはそのようなファンも多く乗っていたことでしょう。

 

SLは製造メーカーから国鉄に納められて、各地の機関区に所属しますが、今以上に機関区において改造が行われました。このC57104号機は、標準よりも煙突が長い気がします。あまりバランスがよろしくないように見えます。加えて、通称「クルクルパー」と呼ばれていた回転火の粉止めが煙突先につけられていますので、より一層長くなっています。

 

クルクルバーは当初はありませんでしたが、SLの火の粉により、沿線での藁などに燃え移る火災が発生し、煙突の先につけられたパーツです。傘のようなものがくるくる回り、火の粉が飛ばないようになっています。

 

また前照灯の横にシールドビームの予備灯があります。これもSL時代の後半につけられたパーツで、トンネルが多い線区、メンテが出来る機関区の区間が長い線区、または電化されていてライトの玉切れに危険を要する線区に配属された際につけられます。

 

C57型はSLの中でも特に美しいフォルムのあるSLでしたが、少しイカツい顔にも見えます。

 

 

どこかの操車場でしょうか。形からして9600型、終焉の頃は入れ替え用で活躍していました。本線の定期運用でのさよなら列車は1975年12月(先に旅客で一週間後が貨物)、実は機関区での入れ替え用としては1976年の3月まで残っていました。その最後のSLがこの9600型です。ローカル線から貨物ヤード、補機など多方面で、かつ長期にわたり活躍した名機関車です。

 

写っている貨車はセキという石炭を運ぶ専用貨車。北海道は主に道央に炭鉱があった関係で、炭鉱から港のある室蘭まで石炭を貨物列車で運んでいました。

炭鉱から室蘭まではおおよそ下りになっているため、D51のSLが50両もの石炭を積んだセキを牽引し、室蘭に運んでいました。帰りは上りですが、貨車は空のため、牽引には問題ありません。

 

北海道の炭鉱列車はSLが無くなってもディーゼル機関車により運用されていましたが、やはりD51による、満タンの石炭を積載した貨車を牽引してる姿を、一度は見たかったです。

 

 

日本のSLは、本線運用が終わった後も、各地で保存の動きが起きました。中でも先述のC57型はJR東日本と西日本で2両、今でも動く状態で保存されています。あまり負担がかからないような運用ですが、それでも煙のある姿は、スピード重視の鉄道とは一味違った時間を満喫することができます。(2020年12月6日 SLばんえつ物語号)

 

20210908

仙台発イチゴイチエのいえづくり