やぶつか石切り場跡(大谷石になれなかった理由)

私の遠い記憶をたどり、小学校4年生か5年生だった頃に行った修学旅行か林間学校、一泊したかどうか、定かなものが少ないなかで、大きな石切り場の前でクラスメートと撮った写真があったことを覚えています。

 

そこが一体どこだったのか。と永年思っていましたが、ネットという便利な時代になり、調べることが出来ました。かつては薮塚本町(現在は群馬県太田市)にある、石切り場跡。付近に東毛自然の家があることから、ここに一泊したのかもしれません。

 

付近は山というよりも小高い森が広がっています。看板を頼りに散策してみることにしました。

 

 

下草が刈られていて明るい印象。川と呼ぶには細い水辺があり、土のままのルートをたどります。時に現れる看板だけが頼りです。

 

 

遠くに色の違う岩肌がみえると、そこが石切り場跡。急に人工的な直線模様が見えてきました。

 

 

森の中に口の開いた入口が現れた感があります。間違いなく、当時写真を撮ったのはこの石切り場でした。ここの石は加工しやすいという理由で、家の土台や、かまどなどに使われるために切り出されていたようです。しかしながら不純物が多く、そのため、割れや欠けが生まれやすいとのことで、約50年間切り出されて終了したとのこと。同じ目的で、フランクロイドライトの帝国ホテルに使われた「大谷石」にはなれなかったのは、この不純物に原因があったのも要因の一つのようです。

 

 

当時の石工さんの技術が見て取れる石切り場跡。ノコの跡も岩肌に残り、手作業で切り出していたのが分かります。まるで古代遺跡に迷い込んだような場所でした。

 

20210920

仙台発イチゴイチエのいえづくり